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猪突猛進

猪突猛進したいけど、できない私です。

子育てとかそんな話。

この春から上の娘が一人暮らしをはじめます。


もう物件も契約済みで家具も入っているので、正式には引っ越していませんが、
週のうち半分くらいはあっちの家に泊まったりしている状態。

(下の子もたぶん来年からは都内で暮らすと思うので、そうなるといよいよ「ぼっち暮らし」です。)

「寂しくない?」とよく聞かれますが、
これがなかなか面白い感情なんですよね・・。

「寂しいな」っていうのを感じたのは
「一人暮らししたいんだけど・・・・」って言われた時。

「あ、そっか・・親元を離れたいって言う希望があるんだな・・」ってわかった時が一番寂しかったかもしれません。

でも、自分もそうだったように、大学生には楽しいことがいっぱいあるわけで、
できることなら叶えてあげたいなって思いました。


そして、寂しさと反対にあるのが「義務からの解放」


親というものは子供に対して絶対的な責任がやっぱりあるものです。
親がすべてではもちろんないのですが、できればまっすぐに全うな人間になって欲しい・・そう思って育てますよね。

だから、どうしても怒りたくもないのに怒るし、余計なお世話と言われても心配するし。

だんだん子供も成長していくわけですから、いつまでもいろいろ言っても仕方ないんですが、目に付けば言っちゃいますもんね・・どうしても。
それも責任だと思いますし・・。

これが解放されるのかなって思いました。

もちろん、これからも大きな外枠から親としての義務は果たすのですが、こういう日常の事からは解放されるのかな・・っていうのがあるのです。

常に「親」でいる必要がなくなるわけです。


これって結構、大きなことなんですよね。

 



よく聞く話かもしれませんが、
赤ちゃんって正に「純真無垢」でピカピカなんですよね。
当たり前ですけど、何の穢れもなく、何のトラウマもなく・・。

球で言うなら、ピカピカのツルツルで傷一つないんですよね。

転がしたら真っ直ぐに綺麗に転がっていく状態。


でもこれが成長するにしたがって、いろんな傷が付いていくんです。
小さなのも大きなのもいろいろ・・。

そして・・だんだん傷が大きくなってくると、なかなか真っ直ぐに転がれない。
真っ直ぐ自分は転がっているように思っていても、傷があるから曲がって進んでたりする。

そして、壁にぶつかって、痛い思いして、
「あ、私、曲がってたのか。」って初めて気が付いて、また真っ直ぐに進もうとする。

こうやってぶつかりながら進んだり、また新しい傷を作ったりしながら生きていき、


もっともっと大人になると、自分にできていた傷に気が付き、

その傷を埋めることも覚えて、

真っ直ぐ進めるように自分で自分を磨くようになり、

努力しながら生きていくものなのかな・・なんて思います。



この傷なんですが・・
この傷を一番初めに付けてしまうのって、やっぱり親なんですよね。
悲しいけど・・。

感情的に怒ったり、自分の都合で物事を決めたり、求めてくる愛情を後回しにしてしまったり・・。


親が未熟であればあるほど、子供の心に小さな傷を知らないうちにいっぱい付けちゃうんですよね・・。



保育園や幼稚園、学校と進むうちに、他でももらう傷もいっぱいあるんですけど・・。
でもこれも親があんまり変な傷を付けてしまうと、転がるのが下手になっちゃったりするんですよね・・。


だから親って本当に大変。
でも仕方ないんですよ・・。

親だって未熟で、まだ自分自身がいっぱい傷ついていて、成長の過程だし・・。
だから仕方ないんですけど子供にとっては迷惑な話で・・。

やっぱり心がどしっとした「大人」として子供に接してあげたいですよね。

いつも「親」でいなければならないわけです
本当に難しいんですけどね。

 





私もいっぱいいっぱい失敗しました。
やり過ぎたこと、足りなかったことだらけ・・いっぱいあります。

たぶん小さな傷もいっぱい付けてしまったと思います。
だから決して「親を尊敬しろ!」なんて言えません。


自分が親として何点を子供達が付けてくれるのかわかりませんが、
娘たちが親になった時に、自分の子供をできるだけ傷つけない子育てができるようになってくれたなら、それは「負の連鎖」ではなく、「正の連鎖」としてその先も続くのかもしれません。


たとえ、自分は「負」で受け継いでしまっても、子供には「正」になんとか戻して引き継ぎたいものです。

 




いよいよ私の子育ても終わりが見えてきています。

「義務からの解放」の時です。



生まれた時は果てしなく続くように思えた「子育て」。

長くて短くて、短くて長くて・・。
私自身も後悔しないようにしたいなと思います。







と、こんな感じで、おしまい。