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猪突猛進

猪突猛進したいけど、できない私です。

生きている意味

「私って何で生まれてきたんだろう?」

「生きている意味って何だろう?」

 

 

そんなことを考えたことって、たぶん誰でも1度や2度はあると思います。

 

私も、何度も何度もそんなことを考えたことがあります。

 

 

 

私は今ではわりとポジティブだね?って言われることが多いですが、もともとは超・超・超ネガティブな人間でして・・

 

子供の頃は、とても不謹慎ではありますが、「なんで私まだ子供なんだろう?あと何年生きればいいんだ・・人生長すぎるよ」なんて思ってしまう、本当に嫌なひねくれた子供だったりしました。

 

子供の頃にこんなふうに思ってしまったのには、ちょっと複雑な家庭環境があったからだとは思うのですが、それにしても本当に嫌な子供ですよね・・。

 

生きることは幸せなのか、それともただの修行なのか・・そんなこと真剣に考えてるような子供でしたので・・・。

 

 

自分の子供がこんなことを考えて生きていたとしたら、私はたぶん悲しくて悲しくて、それこそ生きる自信を無くしてしまっていたかもしれません。

(この点については本当に自分の両親には申し訳ないって今になると思います。)

 

 

 

こんな背景があったせいか、私はたぶん人よりも早く「自分が生きている意味」について考え始めるのが早かった気がします。

 

私がこの世に生きていることで何か変わるのだろうか?

 

とか考えちゃうわけですね。

 

で、自分はこの世に生まれてきて良かった人間なんだって納得するために「何者」かにならなくてはいけないんじゃないか?とか思っちゃうわけです。

 

なので子供の頃の夢は

「歴史上の人物になる!」(←世界変わるでしょ?)

とかでしたから・・バカですねー殴りたいです(笑)

 

 

そんな私も大人になっていくにしたがって、自分が何者でもないってことがわかってくるわけです。

 

 

残念ながら世界を変えるこどころか何にもできない凡人だったわーって。

当たり前ですよね、なんの努力もしてないわけですから。

口だけ女です、典型的な。

 

 

そんなわけで何者にもなれなかった私ですし、これからも何物にもなる気ももうなくなってしまいましたが、それでも心の底から「生きてて良かったのかも!」って思える時があるようになってきました。

 

ちょっとしたことなんですが、誰かに

「あなたのおかげで○○になった」って言ってもらえた時

なんですね・・。

 

言った本人は忘れちゃってることもあるんですけど、こんなふうにあとから言ってもらえることがあると、もう震えるほどうれしくなるんです・・。

 

 

大したことじゃなくてもいいんです。

小さなことでもいいんです。

 

誰かに「私のおかげで・・」って言ってもらえると、それだけで「ああ、生きてて良かったな・・私が生まれた価値、ちっちゃいけどあったのかな」って・・思えるんですよね。

 

 

誰かの人生にほんのちょっとだけでもいいから何かを与えることができたなら、それでもう私の生きてる意味はあったのかなって思うようになりました。

 

 

 

そして同様に私もいろんな人の「おかげ」をもらうことができました。

誰かにもらったこの「おかげ」を、直接ではなくてもまた他の誰かに返す・・。

 

こんなふうに人と人って繋がっていくのかもしれないですね。

 

それだけでも人って生きている意味があるのかもしれないなって思うし、思いたいなって・・・。

 

 

 

 

あと、もうひとつ私に生きている意味、生まれた意味があるとしたら、娘たちを生んだことですね・・。

 

若い頃は自分が何者かになることしか考えてなかったけど、今は子供たちが何かになってくれたら・・もしくはその子供たちが何かになってくれたら・・またその子供たちでも・・。

 

子孫を残したってことはそれでちゃんと意味があるのかもしれません。多くの先祖がそうして私をこの世に送ってくれたように。

(まあ、何者もならなくてもいいですけどね・・人生っていいものだって思って生きてくれればそれで・・といいつつどっか期待してしまうのが親ばかってやつなんでしょうけど)

 

 

 

とそんなわけで気合いを入れてブログを更新しようと思うと全く1行も書けなくなるので、ゆるくゆるく・・・雑記にお付き合いありがとうございました。

 

おしまい。

 

 

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※写真意味ありません・・m(__)m

 

 

「いいわけ」についての話。

先日、地元のあるお母さんとおしゃべりをしました。

 

彼女の娘さんは今中3で、今年は受験生。

 

彼女「塾にもう行かせなきゃって思ってるんだけど、勉強する気ないみたいなんだよね。」
私「いや、さすがに行った方がいいでしょ。勉強する気がない子ほど、行かせた方がいいよ。
  塾に行ってる間はやるし。周りがやってると意識変わるよ。」

 

 

彼女「いやでもさ、部活や生徒会で忙しくてさ、今も帰ってくるとバタンキューだし。」
私「でも、この忙しいときに塾に無理にでも行かせると、部活引退した後に楽になるよ。あの時に比べれば、勉強だけでいいんだってなるから、夏休み以降、弛まずに勉強できるようになるよ。」

 

 

彼女「いやでもさ、塾に行ったからって成績あがるかわかんないしさ。」
私「確かにそうだけど、少なくてもやらないよりはやった方がいいんじゃないの?」

 

 

彼女「いやでもさ、もう今の時点で希望の学校には入れなそうだしさ。」
私「まだわかんないじゃん、だからこそ、早くはじめないと・・」

 

 

彼女「いやでもさ、私も忙しいし・・」
私「・・・・・」

 

最後の最後になって出てきちゃいました。
本当の理由。

 


塾に行かせなきゃいけないことはわかってる、
成績も上がってほしい、
でも心の奥にあるんですよね、本当の本当は彼女自身が忙しすぎて、
塾への送り迎えができるかどうか不安なんですよね。


何がなんでも子供の成績を上げたい、希望の学校に入れたいと思えば、
これほどいろいろな「いいわけ」はやっぱり出てこないでしょう。

やっぱり、心の奥に、
「私も忙しくて、今の生活でさらに塾の送り迎え・・できるのかな?いや・・相当厳しい」
っていうのがあるので、塾に行かせない理由を頭がいっぱい見つけてきてしまうでしょうね。

 (一応、名誉の為に書いておきますが、彼女はしっかり仕事もしているし、家事もしっかりするいいお母さんです。)

 

 

よく「何かを成し遂げたければ、いいわけするな!」って言いますが、
これは本当にその通りで、
いいわけせずにやればいいんですけど・・・

 

でもちょっと見方を変えると、
頭の中にどんどんできないいいわけが沸いてきてしまう時は、

「もしかして私、本当は望んでないのかも?」って考えてみてもいいのかもしれません。

 

「目標・夢、絶対かなえてやる!何が何でも!」
って思ってやっていても、どうしても
「でもなあ・・あれがあれだし・・」とか心にいいわけばっかり浮かんできてしまうようなら、
少しだけ「本当に私、それを成し遂げたいのか?」って思ってみたほうがいいのかもしれません。

 

例えば、「海外で暮らしたい!」って思ったとします。
その時点で
・いや英語わかんないし
・お金ないし

・やっぱり治安とか心配だし
とかいろいろ不安は出ると思うんですけど・・・

本当にそうしたい人は、
・じゃあ、英語をまずは最低限こっちで学び直そう!
・お金貯めるためになにかしよう!

・安全で暮らしやすい国がどこかいろいろ情報収集しなきゃ!
って、かなえるための行動を早々にはじめるんですよね。

 

1つ1つできない理由を潰すために行動をしていくんだと思います。

 

それがなかなか進まないってことは、ただなんとなくいいなって思うだけで、
それほど本当はそれを望んではいないのかなって・・・

 


そういう視点で改めて考えてみると

今、自分がいくつか叶えたいと思ってる目標や夢の中にも
本当に何が何でも成し遂げたいことと、
ただなんとなくいいなって思ってるレベルのこと、
その差が見えてくるのかもしれません。


本当にやりたいことって何だろう?っていうのも見えてくるのかもしれません。

 


いいわけなんて考える暇もなく、ガンガンと前に進むことだけしか浮かばなかったら、
それはきっと本当にやりたいこと、やらなきゃいけないことなんですよね・・きっと。


それ以外は、もしかしたらただの憧れで心の奥底では本当に成し遂げたいことではないのかもしれません。

(まあ、生きるためにいいわけなんか見つけてる暇もないこともいっぱいあります・・・こういう時の人間は一番最強ですよね。いいわけなんてしてる暇ないですから。どうやったらできるかしか頭にないですもんね。)


人生有限なんで、
(特に私、あんまり先がないんで・・)
対してやりたくもないことに惑わされず、本当にやりたいことを見つけながら、目標に向かって、いいわけせずに生きていきたいなって思った、5月の月末前の月曜でした。


おわり。

 

 

 

知多半島の夕陽きれいだった

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本当に人生はオセロゲームかもなぁ・・ていう話。

生きているといろんなことがあって、
自分への後悔はもちろん、
時にはものすごく人を恨んでしまったりすることもあって、
本当にいろいろありますね。


過去を思い返せば、
あれがなければ・・
あいつのせいで・・・とか
いろいろ思うことはあると思うんですけど・・・




その事件が解決して、
あとから振り返れば、
「ああ、あれも私の今の人生をつくる一つの要因だったなあ」と
思えるようになったりするのかなって思います。


(その渦中にいる時はもちろんそんなこと思えるはずもなく、
後から思い返すとですけど・・。)




今現在が幸せならば、
今日の幸せを作るためにその過去があった訳で、
それがなかったら、たぶん今の幸せはないのかもしれません。


絶望的な日々も、
恨みしかなかった相手も、
もし、今が幸せならそれを作るための大切な要因だったのかもしれません。



根深い問題としては、
幼いころの家庭環境などもあります。
普通に育ててもらえなかったりすると、
やっぱり親を恨みたくなったりしますが、
もし今が幸せなら、
その昔の子供時代があったからこそ、
今の自分がいるわけで、
「くそぉ・・」って言う気持ちが、他の人よりも頑張れる強さになったのかもしれません。



学生時代にいじめられたり、仲間外れにされた経験も・・・

就職して嫌な上司や同僚に理不尽な仕打ちをされた経験も・・・
お金がなくて生きた心地がしなかったあの経験も・・・

結婚や恋愛で泣きなくなっちゃったあの経験も・・・
「くそぉ・・・」っていう気持ちが、その後の頑張れる強さになたのかもしれません。


その他いろいろな失敗体験も、
誰かに裏切られたあの経験も、
今を作るための大切な要素だっただのかもしれません。

 

失敗だったと思ったことも、今を作るための大切な回り道だったのかもしれません。


後悔してるだけだったり、
恨んでるだけだったりでは何も解決しないけど、
それでも「幸せになりたーーい!」って心に決めて、
進み始めれば過去も養分になるのかもしれません。


その過去の事件が大きければ大きいほどね・・。

 

 


よく言われる話ですが、

今が・・今日が幸せなら、
人生もまるでオセロゲームのように全部ひっくり返って、
真っ黒だった過去も全部白く一気にひっくり返すこともできるのかなって思います。



そのためにも、なんとか今を「白」にできるようにしていきたいものです。

ちょっとくらい「黒」が入っていて本当は「グレー」でも
「いや、白だし、今幸せだし!問題ないし!」って思えるようになったら、
過去も白くなって見えるのかもしれないし・・。

そう思えるくらいになってきたら、なんとなく幸せもいっぱいくるような気がするし・・。




とか言いながらも、
日々「くそぉー。腹立つわー。ムカつくわー。」って思うことも多々ありますが・・・


大人になりたいです。はい。頑張ります。m(__)m


おわり。

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3年後は笑ってるよね?って話。

暖かくなってきました。
もうすぐ春本番

新しい花が咲くの見るだけでなんかちょっと幸せ感じちゃったりしますね。




・・と、今はこんな私ですが、
実はかなり病んでいてどん底だった時期もありまして・・・

「明日なんてもう来なくていいよ・・」って、結構まじで思っていた時期もあります。



どん底だ・・って思ったことも1度や2度ではなく何度かあります。
「いや・・神様、まじですか?これ私に乗り越えろと?無理でしょ?無理だわ。本当にもう許してください・・」って思いました。


どん底っていってもいろいろありますよね。
あくまで自分基準ですけど。



家族の問題であったり、お金の問題であったり、離別であったり、人間関係であったり・・・
人それぞれです。いろいろあります。






それでも・・まあ・・・人間生きていかなくてはなりません。
一人ならまだいいのかもしれませんが、
子供がいたりしたらダメですよね。



自分で勝手に人生を終わらすわけにはいかないわけです・・。
生きることにも責任がありますもんね。


だから


なんとかしなくちゃいけない。
どん底から這い上がらなくちゃいけない。

でも、そういう時ってやっぱり辛くって・・
がんばろうと思えば思うほど、心が折れそうになります。

誰かに相談して気持ちは少し楽になっても、
大元の問題が解決しない限り眠れない夜は続き、気が付けば涙が出てくる。
「生きるってなんてしんどいんだろう・・・」って思っちゃうんですよね。


私もそんな時がありました。


そんな中、ある時、散々悩んで・・ふと思ったことがありました。

「でも・・・3年後は笑ってるんじゃないかな?」って。




どん底状態が1日で変わるわけはないです。
たぶん、明日も同じようにどん底。
明後日だってもちろんだめでしょう。

1週間後もどん底・・・
1か月後もたぶん・・
3カ月後も・・・
1年後だって・・

・・そう簡単にどん底状態って抜けられるものではないですよね。



でもね・・

3年後はどうかな?って思ったんです。
さすがに3年後は・・・もう笑える毎日が来てるんじゃないかな?って・・。


1年後はまだわからないけど、
3年後には・・自分・・笑っているんじゃないかな?って・・。

逆に・・3年も今の状態続けられないよ・・って。


で・・なんか胡散臭くなっちゃいますけど、想像したんですよね・・


3年後に自分が思いっきり笑ってる姿を。
あの頃、ほんと辛かったな・・って笑いながら今を振り返ってる姿を。


で・・これに近づこうって思いました。
だから頑張ろうって思いました。


毎日、少しでも良くなるように考えて生きているわけだから、
ちょっとずつでもどん底から這い上がろうとしているわけだから・・・
進んでいけば、きっと笑える毎日が来るかもしれないって・・。


実際に・・どん底からどのくらいで笑える日が来たかはわかりません。
3年よりずっと早かった気もするし・・心から笑えるにはもっとかかったかもしれない。



でも・・
明日も辛い・・
明後日も辛い・・・
1週間後も何も変わってない・・・
1か月後も解決しない・・・


って思ったら・・もう本当に悲しいことしか想像できなくて、辛すぎるから・・・
泣くしかできないから・・・


そんな時、3年後の自分を思い描いてみたらなって思うんです。

3年後はきっと笑ってる。
3年間もずっと泣いて過ごすなんて嫌だ。

3年後は絶対笑ってやる!


「3年後に笑って過ごせる毎日が来るなら・・そのために頑張ろう。」


って思ったら・・・

もう少しだけ頑張れるかもしれません。

そしてちょっとだけ元気が出るかもしれません。







・・・っていうお話でした。

おわり。



※でももうどん底は嫌です・・できれば許して下さい・・・見逃して・・








子育てとかそんな話。

この春から上の娘が一人暮らしをはじめます。


もう物件も契約済みで家具も入っているので、正式には引っ越していませんが、
週のうち半分くらいはあっちの家に泊まったりしている状態。

(下の子もたぶん来年からは都内で暮らすと思うので、そうなるといよいよ「ぼっち暮らし」です。)

「寂しくない?」とよく聞かれますが、
これがなかなか面白い感情なんですよね・・。

「寂しいな」っていうのを感じたのは
「一人暮らししたいんだけど・・・・」って言われた時。

「あ、そっか・・親元を離れたいって言う希望があるんだな・・」ってわかった時が一番寂しかったかもしれません。

でも、自分もそうだったように、大学生には楽しいことがいっぱいあるわけで、
できることなら叶えてあげたいなって思いました。


そして、寂しさと反対にあるのが「義務からの解放」


親というものは子供に対して絶対的な責任がやっぱりあるものです。
親がすべてではもちろんないのですが、できればまっすぐに全うな人間になって欲しい・・そう思って育てますよね。

だから、どうしても怒りたくもないのに怒るし、余計なお世話と言われても心配するし。

だんだん子供も成長していくわけですから、いつまでもいろいろ言っても仕方ないんですが、目に付けば言っちゃいますもんね・・どうしても。
それも責任だと思いますし・・。

これが解放されるのかなって思いました。

もちろん、これからも大きな外枠から親としての義務は果たすのですが、こういう日常の事からは解放されるのかな・・っていうのがあるのです。

常に「親」でいる必要がなくなるわけです。


これって結構、大きなことなんですよね。

 



よく聞く話かもしれませんが、
赤ちゃんって正に「純真無垢」でピカピカなんですよね。
当たり前ですけど、何の穢れもなく、何のトラウマもなく・・。

球で言うなら、ピカピカのツルツルで傷一つないんですよね。

転がしたら真っ直ぐに綺麗に転がっていく状態。


でもこれが成長するにしたがって、いろんな傷が付いていくんです。
小さなのも大きなのもいろいろ・・。

そして・・だんだん傷が大きくなってくると、なかなか真っ直ぐに転がれない。
真っ直ぐ自分は転がっているように思っていても、傷があるから曲がって進んでたりする。

そして、壁にぶつかって、痛い思いして、
「あ、私、曲がってたのか。」って初めて気が付いて、また真っ直ぐに進もうとする。

こうやってぶつかりながら進んだり、また新しい傷を作ったりしながら生きていき、


もっともっと大人になると、自分にできていた傷に気が付き、

その傷を埋めることも覚えて、

真っ直ぐ進めるように自分で自分を磨くようになり、

努力しながら生きていくものなのかな・・なんて思います。



この傷なんですが・・
この傷を一番初めに付けてしまうのって、やっぱり親なんですよね。
悲しいけど・・。

感情的に怒ったり、自分の都合で物事を決めたり、求めてくる愛情を後回しにしてしまったり・・。


親が未熟であればあるほど、子供の心に小さな傷を知らないうちにいっぱい付けちゃうんですよね・・。



保育園や幼稚園、学校と進むうちに、他でももらう傷もいっぱいあるんですけど・・。
でもこれも親があんまり変な傷を付けてしまうと、転がるのが下手になっちゃったりするんですよね・・。


だから親って本当に大変。
でも仕方ないんですよ・・。

親だって未熟で、まだ自分自身がいっぱい傷ついていて、成長の過程だし・・。
だから仕方ないんですけど子供にとっては迷惑な話で・・。

やっぱり心がどしっとした「大人」として子供に接してあげたいですよね。

いつも「親」でいなければならないわけです
本当に難しいんですけどね。

 





私もいっぱいいっぱい失敗しました。
やり過ぎたこと、足りなかったことだらけ・・いっぱいあります。

たぶん小さな傷もいっぱい付けてしまったと思います。
だから決して「親を尊敬しろ!」なんて言えません。


自分が親として何点を子供達が付けてくれるのかわかりませんが、
娘たちが親になった時に、自分の子供をできるだけ傷つけない子育てができるようになってくれたなら、それは「負の連鎖」ではなく、「正の連鎖」としてその先も続くのかもしれません。


たとえ、自分は「負」で受け継いでしまっても、子供には「正」になんとか戻して引き継ぎたいものです。

 




いよいよ私の子育ても終わりが見えてきています。

「義務からの解放」の時です。



生まれた時は果てしなく続くように思えた「子育て」。

長くて短くて、短くて長くて・・。
私自身も後悔しないようにしたいなと思います。







と、こんな感じで、おしまい。


ぼっちの話。

さて、先日公式発表があった通り、

アフィロックが12月26日に開催されますー。

 

AFFI ROCK - ここから始まるアフィリエイトドリーム

 

私も今回本当にありがたいことに運営メンバーの一員に入れていただき、

当日は「ぼっちbar」のスタッフをやらせていただきます。

 

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ですので、今回はその思いについてちょっとだけ・・書かせてください。

 

人間みんなコミュ障で人見知り

私、個人的な考えですけど、

たぶん人ってみんな基本的にはコミュ障だし、人見知りだと思うんですよね。

もちろん、本当に人と話すのが苦手って人もいるので、

一緒にしないでーって言われちゃうかもしれませんが、

飲み会やイベントなどで、先頭きって盛り上げてる人も、

初対面同士の顔会わせで気軽に話しかけてくれる人も、

本当はちょっとだけいつもの自分より頑張っているんだと思うんです。

 

私も軽度だけどやっぱり人見知りもするし、「コミュ障だな・・」って思ってた時期もありました。

 

「なー」したいなー

毎週末・・いや平日でもタイムラインに流れてくる「なー」の楽しそうな写真。

私も今では仲良くしていただいてる友達も増えましたが、

まだ全然知り合いがいない頃はあれが辛くて辛くて・・

 

まるで、自分以外のアフィリエイターはみんな友達でどっかで誰かと繋がっていて、自分だけ孤独なんじゃないか・・悲しい悲しい悲しい悲しいっていっつも思っていました。

 

羨ましくて羨ましくて、なんとか友達を作りたいって思うんですけど、

自分から誘う勇気なんてないし、当たり前ですけど誘ってもらえることもないし。

 

それほど、興味がないセミナー(失礼!)とかにも、お友達を作りたいがために参加したりしたこともあります。

・・・でもそういうセミナーに行っても、味わうのは更なる孤独・・。。

 

「なんか・・グループできてるし・・・」

「やばい・・ぼっちじゃん・・・」

 

ここでも気にせず「どーもー」って出来上がってるグループに入っていけるような人ならいいかのかもしれませんが・・いや・・そういうのなかなかできないですよね・・。

 

みんながぼっち同士なら全然いいんですが、出来上がってるグループに呼ばれもしないのに自分から入るって・・まあ、できませんよね・・(笑)

 

「懇親会も参加します!」って申し込みしておきながら、あまりのぼっち感に堪えられなくなり、帰ってきてしまったセミナーもあるんですよ・・正直言うと。

※悲しい過去

 

 

はじめの一人の友人が欲しかった

そんな時に思ったのが、「誰か一人でも仲良しができればなぁ・・」ってことでした。

 

誰か一人でも自分と仲良くしてくれる人がいてくれれば、一緒にセミナーやイベントも行けるし、そこから周りの人に声をかけて友達も増やせるし・・って思いました。

 

 

子供の頃のクラス替えとかもそうじゃないですか?

誰か一人「この人私の友人!」みたいな人がいてくれると、新しい知らない人だらけのクラスに入っても「自分、大丈夫!やっていける!」みたいな気持ちになりませんでしたか?

 

そのはじめの友達が欲しかったんですよね・・。すごく。

 

でもその一人を見つけるのがまたまた大変で・・・

 

私の場合は運良くあるセミナーで一緒になった方とこれまた運良く仲良くなることができ、そこからグループに発展し、年に何度も会うようなお友達ができたりするようになりました。

 

また他でもその縁が縁に繋がり仲良くさせてもらっている友人ができたりするようになりました。

 

縁が繋がり他のSNSなどで知り合った友人グループもあります。

 

でも・・あの時の出会いがなかったら、今でもきっとたぶん「ぼっち」です。

 

 

 

そんな思いでぼっちbarを

今回、みんなが感じてたそんな思いもあってできたのがこの「ぼっちbar」です。

 

あくまでもまだ友人のいない「ぼっち参加専用のお部屋」です。

 

こういうイベントやアフィリエイター同士の集いに参加したことがなく、なんとかはじめのお友達を作りたい!思っている方に是非来て頂ければと思っています。

 

申し訳ないのですが、お友達が既にいっぱいいる人は入れません!

(逆だったら嫌ですもんね。自分はぼっちで参加してるのに、同じくぼっちだと思って話かかけた人が実はお友達がいっぱいだったら、ショックですもんね・・)

 

ただ、残念ながら、あまり広いスペースではありません。

10人くらい入ったらいっぱいになってしまうかもしれません。

ですので、「ぼっちbar」という名にはなっていますが、混んでしまった場合はそれほど長くいてもらうことができないかもしれません。

 

その時、

縁があってちょうど一緒になったグループで私たちスタッフと一緒にお話をしていただき、

 

その後、

一緒に会場を見てもらって(たぶんスタッフが少しの時間一緒に回ったりできると思います!)、

 

さらにその後は、

そのグループで飲食スペースでお話を続けてもらったり・・・・

そのまま会場を回ってもらったり・・・

(場合によってはその後の約束もしたり・・・・!!)

 

というような感じになってしまうと思います。

 

ですので、本当にスタッフのできることは微力です。

実際には場所の提供くらいしかできないのかもしれません。

 

でも、全力で来てくれた方にはじめのお友達ができるようにサポートできればと思っています。

 

どうか是非、来場者の皆様も一緒に「ぼっちbar」を盛り上げていただけると嬉しいです。

よろしくお願いします!

 

 

 

ただ・・一言謝っておきます。

私が若くてピチピチの絶世の美女とかでしたら、来て頂く皆様にも少しは喜んで頂けると思うのですが、残念ながら悲しいほどの「クソBBA」です・・ほんと、そこはごめんなさい!!