猪突猛進

猪突猛進したいけど、できない私です。

チャンピックスで禁煙に(98%)成功したよ。

この度、禁煙にほぼ成功したのでご報告申し上げます!

 

(ほぼというのは・・まだわかりませんからね・・一生吸わなければ100%だけど・・まだわかりません・・。こればかりは・・・。)

 

私はたぶんタバコを止めることはずっとないだろうと、つい最近まで思っていました。

 

健康ガーーーーーとか

美容ガーーーーーとか

言われても「別にいーし。」って思っていたし、

何よりもタバコはうまいんですよ。

 

うまいんです。

 

3度のご飯は我慢できてもタバコは我慢できないほど、タバコを愛していましたし、味だけではなく、タバコは人生の友だったわけです。

 

そう、もう全てに絶望して「明日なんて来なくていいのに」と思ったあの夜、一人で泣きながらタバコ吸ったよねえ・・。

ゆっくりと煙をふかしながら、でももうちょっとがんばろうかって思ったよねえ・・。

誰にも涙は見せないけど、あなたはだけはいつも私と一緒にいたよねえ・・。

 

 

とね、はじめてタバコを吸ったあの日から、どんな時もずっとずっと私とともにいてくれたわけです。

(一応、吸い始めたのは20歳を超えてからですし、妊娠出産授乳期はちゃんと禁煙していますっ!自分だけの体じゃないからね。)

 

そんな心の友を私は捨てていいのか?

 

ニコチンがどーとかそういう問題じゃなくて、タバコがない人生なんて考えられるのか???

そんな風に思っていたわけです。

 

正直に言うと、禁煙したって人の話を聞くと、

 

「ああ、あなたのタバコへの愛はしょせんそんなもんだったんでしょう。私とは愛の深さが違うんですよ。お話になりませんね。」

 

くらいに思ってましたから・・。

 

と、こんなにもタバコを愛し、一生一緒に添い遂げようと決心していた私ですが・・・

 

今年の3月半ばに禁煙を急遽決意しました。

 

それはなぜかというと・・きっかけは海外旅行のため。

 

別にタバコを吸ってても海外旅行は行けますが、

次はどこの国に行こうかな~と調べている時、

自分はいつもその国の喫煙事情を調べるわけです。

 

この国は喫煙厳しそうだなあ・・タバコ吸えないかな・・。

ヨーロッパは・・あああダメなんだ。途中で買うのも大変そう・・。

アメリカは厳しいなあ・・。行きにくいなあ・・。

 シンガポールってタバコの持ち込み難しいの?どうすればいいの?

 

とかね。

 

で、タバコが吸える国に行ってもホテルが喫煙か禁煙かわからない。

 

ツアーで旅行に申し込んでも、部屋に入って灰皿があるかどうかドキドキ。

それに観光の際も常に人より5分前行動。

タバコ吸いたいから、早く戻ってタバコを吸ってみんなが戻るのを待つのです。

(昔はみんな吸ってたから、喫煙タイムみたいなのもあったのに・・今じゃまあほとんど誰も吸わないですからねえ・・。)

 

もうほんとこれがしんどいのです。

 

そして飛行機。

乗っている時は我慢できるけど、乗る寸前までできればタバコを吸っていたい。

成田の喫煙所でギリギリまで頑張るっていうね・・。

 

 

  

海外旅行以外にもタバコを吸っててめんどくさいなと思うことはたくさんあります。

 

一般の飲食店はまずタバコが吸えなくなってるから、ごはん食べたらゆっくりしたいのにタバコを吸うために早く店を出たり・・

 

コーヒー飲むときなどは、ぜったいこっちのお店の方がおしゃれでおいしそう!ってわかってても喫煙可のきったないお店に入っちゃうし・・。

 

次の電車に余裕で乗れるのにタバコ吸ってから乗ろうと思って1本見送ったり・・。

 

あーーあーーーあーーーー、

私はこんなにもタバコに支配されているんだぁ!!!

私のやりたいことがタバコのせいで制限される!!

行きたい国にも行けないじゃないか!!!

 

と改めて気が付いたわけです。

 

タバコに支配される人生なんてばかばかしい!!

自由を手に入れてやるんだ!!

 

と思い、禁煙を決意しました。

 

 

(どこでもタバコが吸えた時代ならいいのですが、これからは今まで以上に喫煙者には厳しい時代がやってくる。

こんなに好きなタバコと一緒にいられないなら、いっそのこと別れてしまった方が楽になるのに・・そんな感じですね・・はあ、悲しいけど)

 

禁煙外来に行きました

よし!タバコをやめてやる!と心に決めた私ですが、

はっきり言って全く自信はありません。

(だっておいしいんだもん)

 

で、いろいろ調べてみたところ、今はチャンピックスという薬があり、

これを飲むと喫煙したい欲がなくなるとのこと。

個人輸入でも購入できるのですが、禁煙外来ですと保険も効くし、副作用などが出た時相談しながらすすめられるとのこと。

 

成功率は70%以上とか・・・

 

これは覚悟を決めて行ってみるか!と

2018年3月19日、禁煙外来の門をくぐりました(近所の普通の内科です)。

 

以前に流行っていたニコパッチやニコレットといった禁煙補助グッズは少量のニコチンをあえて摂取することで喫煙欲を抑えようというものなのですが、このチャンピックスにはニコチンは入っていません。

脳に直接作用し「タバコを吸いたいよう~」という気持ちに先に結合して、その欲をなくしてしまうらしいのです。またタバコがまずく感じるようになるとのこと。

(まあ、怖いと言えば怖いですねえ・・この薬)

 

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禁煙外来では全部で12週間でプログラムが終了します。

 

まず初めにこのチャンピックスを2週間分もらいます。

その後また通院し2週間分。

そして1か月分。

さらに1か月分。

最後に最終のカウンセリングをしてもらって終了、という全部で5回の通院が必要です。

 

 

 

はじめの1週間はお試し期間のような慣らし運転で、タバコを吸いながらチャンピックスを飲みます。

何本吸ってもいいのです。

好きなだけガンガン吸えます。

チャンピックスははじめの3日は通常の4分の1の量(0.5mg×1回)、

4日目から7日目までは2分の1の量(0.5mg×2回)。

 

これでもう一生タバコが吸えないのかと思うと、「出来る限り思いっきり吸ってやる!」というつもりでいたのですが、薬のせいでタバコがなんとなくまずく感じたのか・・この1週間は思ったより本数を吸うことはありませんでした。

 

ただ最後の日は頑張って吸いましたね。

「ああ、本当にお別れなのね・・。」と。

 

そして寝る前に今までいつも家で使っていた灰皿をきれいに洗い、残っていたタバコに水をかけ、アイコスの器具は見えないところにしまいました(捨てようと思ったんだけど・・捨てられないという・・)。

今までのことを思い出してちょっと涙出そうになっちゃったからね・・。この夜は・・。

 

 

 

またこの期間にマインドをしっかり禁煙に向かわせようと思って、昔流行った、アレン・カーのベストセラー本、「禁煙セラピー」を再読しました。

 

 

禁煙開始

翌朝、8日目からはもうタバコが吸えません。

(でも1本だけ隠し持っていたタバコを吸いました。ほら・・ストレスに負けて買いに行っちゃうとまずいから・・念のためにとっておいたやつ・・)

 

チャンピックスは通常の量(1mg×2回)になります。

 

薬の効果はどうなんだろう?本当に吸いたくなくなるの??

 

と期待しましたが・・全然吸いたかったですね!!

 

「ああ、、タバコ吸いたいよぉ・・。」って思いました。

でも何もなしに根性禁煙している時よりはずっと楽。

なんとか気を紛らわせれば我慢できるくらいの感じです。

 

これもつらかったのは初めの1日~3日。

ここを過ぎると吸いたい欲はかなりおさまります。

 

たぶんこれは薬のせい。

チャンピックスのおかげでしたい気持ちが抑えられてるのかなあという感じでした。

 

その後は規定日に通院をしながら12週間薬を飲み続けていきます。

 

私は途中で(10日目くらいからかな?)、ものすごい副作用に襲われました。

もともとチャンピックスは副作用がひどいとは聞いていたのですが、吐き気と眩暈と・・もう何も食べられない!!と2日くらいは寝込んでいたかも・・。(水を飲んでも吐きました)

 

でも、その吐き気のおかげでずっと気持ちが悪く、タバコが全然吸いたくなくなったので、禁煙の初期段階はいい感じで進みました。

 

(あと副作用といえば悪夢を見ます。毎晩毎晩びっくりするくらいいろんな夢を見ます。結構リアルで「ああ、夢でよかった!」みたいなやつです。でも慣れてくると今日はどんな夢だろう?って笑えてきます。脳に作用する薬だからこういうことが起こるのかなあ・・って思いました。)

 

途中薬にも慣れてくると副作用もおさまり、反対に「あ、タバコすいたいなあ。きっと今吸ったらめっちゃくちゃおいしいんだろうなあ・・」という気持ちは何度もありましたが、あの副作用のことを思い出すと、我慢我慢!と思うことができました。

(そして薬のせいか、すごいすごい吸いたい!じゃないんですよね~これはチャンピックス様様だと思います)

 

また薬の量は先生とも相談ですが、半量に減らすこともできます。

私は副作用があまりにもひどくなったので、先生と相談して半分の量(0.5mg×2回)にしました。この辺は吸いたい気持ちと副作用とのバランスですね・・。吐き気止めの薬を出してもらうこともできます。

 

というわけで・・まだ少し12週間までは数日あるのですが、本日無事、最後のカウンセリングを終え、見事禁煙成功の認定を受けてきました!

 

薬はまだ残っているのですが、今は飲んだり飲まなかったりしています。

 

 

 

 

ちなみに今、タバコ吸いたい?と聞かれたら・・

 

吸いたいです!

 

でも、吸いません。吸わないでいられるよって感じです。

だからまだ完全にクリーンではないのかもしれないけど・・。

(だから絶対勧めないでね。勧めないでね!!!)

 

ただ、何をするのもまず一服!ってほどのスモーカーだったのに、タバコを吸うことはほぼ忘れています。

ふとした時に、思い出して、「あ、今、タバコ吸ったらおいしいんだろうなああ」ってくらいの気持ちです。

 

 

禁煙して変わったこと

禁煙して変わったことはいくつか実感しています。

 

まず・・・時間ができる!!余る!!

これは禁煙前は全然想定してなかったのですが、

今まで何か事をするごとにタバコを吸っていました。

朝起きて1本、洗濯干す前に1本、干してきて1本、食事作る前に1本、食べ終わって1本、出かける前に1本、帰ってきて1本、仕事の前に1本、キリがよくなったら1本、終わりの1本・・とかね、句読点を打つようにそこにタバコがあったわけです。

 

で、これ例えば1日20本吸うとします。

1本5分×20本=100分。(1時間40分)

30本なら

1日5分×30本=150分(2時間30分)

 

これだけの時間をタバコを吸うことに使っていたわけです・・。

 

私は煙の出るタバコはキッチンの換気扇のところで吸っていたので、この時間は完全に何もしていない時間。

 

禁煙をしたことにより、1日当たりこれだけの時間が戻ってきました。

 

禁煙し始めの頃は1日の時間が流れるのが遅くて、「あれ?まだこんな時間?」と少しびっくりしたのを覚えています。

 

また出かけるための用意をするときなども、今まで1時間かかっていたのが30分とか40分で終わったり(どんだけタバコ吸ってたんだ??)。

そういうメリットはすごく実感しています。

 

あとはごはんがおいしいですね~。

みんなが言っていることですが確かにご飯はおいしくなった気がします。

 

 

食べ歩きができる。もらったお菓子を食べられる。試食ができる。

これもメリット。

タバコを吸う人にはわかってもらえると思うのですが、何か食べるとタバコ吸いたくなりません?

だから、おいしそうなものが道で売ってても「これ食べちゃうとタバコ吸いたくなるしなあ。」って思って我慢したことありません??

私はそれで我慢して食べなかったこともたくさんありますし、食べてしまって「あああ。タバコ吸いたいよ」って食べたことを後悔したこともたくさんあります。

これがね・・できるんですよ。

デパ地下の試食もできちゃうし、おすそ分けでもらったお菓子もその場で食べられるんですよ。(え?みんなできてました??)

 

 

あとはやっぱり喫煙所を探さなくていい!これが最高ですね。

先日も海外旅行に行ってきましたが、

成田の喫煙所でも、「ああ、私はここでタバコを吸わなくていいんだ」って思ったし、

世界遺産を見てる時もタバコを吸っている人をみて、「ああ、私はもう急いであそこに戻ってタバコを吸わなくていいんだ」と喜びをかみしめたし、

ホテルでも禁煙の部屋だったらどうしようとか悩んだり、外国の空港で必死に喫煙所を探すこともなくなりました。

 

 

な、な、なんて私は自由なんだ!!

 

 

というわけで、このままずっと続くかはわかりませんが・・・・

一応成功っていうことで、まとめさせていただきました!

 

もしタバコやめようかな~って思っている方、

チャンピックスすごいです、これ、たぶんやめられます。

 

 

 私はこれからはクリーンな人間として生きていきますが、今まで仲良くしてくれた喫煙仲間たちありがとう!!!!

裏切者って思わないでね!!!ズットモだよ!!

 

 

 

ーーー完ーーー

 

 

 

 

 

巣立ちの日に思うこと。

次女が進学の為に一人暮らしを始めた。

引越し先に泊りがけで出かけ一緒に引越し作業をして、

つい先ほど、家に一人で帰ってきた。

 

もう「ただいまー」という相手もいない。

大きな声で「わー」とか「おー」とか言っても誰も驚かせることもない。

 

 

娘と引越し先の駅で別れた後、

電車のホームに向かっていたら、

バカみたいに涙がポロポロこぼれてきた。

人目も気にせずに電車の中でもしゃくり上げるように泣いてしまった。

別れの日は泣くかなーって少しは思っていたけど、

まさかこんなになるとは思ってもみなかった。

バッカだなあ・・って思いながらも涙がなかなか止まらなかった。

 

長女も大学2年になる1年前にひとり暮らしを始めた。

だからこれで完全に私もぼっち暮らしだ。

ぼっちは寂しいだろうなって思っていたけど、そうじゃなかった。

ひとりが寂しいんじゃなくて、大好きな子供と離れることそのこと自体が寂しかったんだってよくわかった。

これほどまでに子供を愛してたんだなって改めて思った。

 

長女が4歳ちょっと前の時に離婚した。

次女は1歳半くらいだった。

別れてすぐの頃はよく「再婚しないの?」って聞かれた。

「しないよ」っていうと、

「またぁ・・とか言ってするんじゃないのー。」ってみんな言った。

でも全く再婚をする気はなかった。

考えたこともない。

(#ただし石油王は除く)

 

「経済的に暮らすことが何とかできるなら、子供たちは絶対に一人で育てよう。」ずっとそう思ってきた。

 

再婚をする人を否定する気は全くない。

これは自分の性格の問題だ。

再婚相手をちゃんと愛することができて、

子供のこともそれ以上に今まで通りに愛することができるなら全然問題はないと思う。

でも私にはその自信がなかった。

誰か好きな人ができたら子供に与えるべき愛情の分をやっぱり少しその相手に与えてしまうような気がしたからだ。

 

「片親で子供を育てて立派・・」とか世間ではよく聞くセリフだけど、

私は全くそうとは思わない。

父・母両方から本来ならもらえる愛情を片親では一人分しか与えることができないのだ。

たとえ別れた相手がどんな相手であったとしても、その家に生まれたのは子供の責任じゃない。

生んだのは親の責任だ。

その相手を選んで結婚してしまったのは自分の責任だ。

幸せに両親揃って二人分の愛情を貰える子供もいるのに、一人分の愛情しかもらえない子供にしてしまったのは自分の責任だ。

だから片親にしてしまった以上、2人分の愛情を子供には与えてやっとイーブン。

愛して愛して愛しきってやっと許されるんだと思う。

 

自分がそれをできてかどうかはわからない。

子供に聞いてみたら全然足りなかったって言われてしまうかもしれない。

でも気持ちだけはそういう気持ちでやってきた。

気持ちだけはね・・。

 

その子供たちも今日、次女の引越しが終わりとうとう巣立っていった。

親の役目が一応一段落した。

巣立ちの時だ。

 

先日引越しの準備をしながら家を片づけていたら、自分の古い日記帳がたくさん出てきた。

何を書いてあるんだろう・・と思ったら、バカみたいに

「子供がかわいい」「この子たちと暮らせて幸せ」「この子たちのためにがんばろう」

そればっかり書いてあった。

 

「いやーほんと、この20年間母親しかしてないわー」

って我ながら笑えた。

 

「ママーママー」って後をどこまでもついてくる幼児期もかわいかった。

 

大きいランドセルがだんだんと小さくなってくる小学生の時もかわいかった。

 

毎朝眠い目をこすりながら自転車に乗って朝練に行く中学生の時もかわいかった。

 

志望の大学を早々に決め、目標に向かって一生懸命頑張ってる高校時代もかわいかった。

 

ずっとずっとかわいかった。

あなたたちの母親をやれて私は本当に幸せだった。

 

 

 

さあ、でも巣立ちの時だ。

子供が生まれた時は遠すぎる未来だったこの日が来てしまった。

これからは繋がりながらも、それぞれの道を歩んでいく。

私もこれからは母親ではなく、もう一度自分の人生を生きる時が来た。

私も母親という役目からの巣立ちだ。

 

ずっとお蔵入りにしていた自分のやりたかったことをやっていこうと思う。

行きたい時に行きたいところへいこう。

やりたい時にやりたいことをしよう。

もう一度自分の人生を生きてみよう。

 

 

でもね、これだけは言っておく。

どこにいても何をしてても、いつでも変わらずにあなたたちを愛している。

最高に愛している。

 

 

以上。巣立ちの日に思うこと。

 

(気持ちの整理の為に書きましたm(__)m。失礼しました、まる。)

 

ps.そんなわけでみなさんぼっちの私といっぱい遊んでくださいね!

 

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生きている意味

「私って何で生まれてきたんだろう?」

「生きている意味って何だろう?」

 

 

そんなことを考えたことって、たぶん誰でも1度や2度はあると思います。

 

私も、何度も何度もそんなことを考えたことがあります。

 

 

 

私は今ではわりとポジティブだね?って言われることが多いですが、もともとは超・超・超ネガティブな人間でして・・

 

子供の頃は、とても不謹慎ではありますが、「なんで私まだ子供なんだろう?あと何年生きればいいんだ・・人生長すぎるよ」なんて思ってしまう、本当に嫌なひねくれた子供だったりしました。

 

子供の頃にこんなふうに思ってしまったのには、ちょっと複雑な家庭環境があったからだとは思うのですが、それにしても本当に嫌な子供ですよね・・。

 

生きることは幸せなのか、それともただの修行なのか・・そんなこと真剣に考えてるような子供でしたので・・・。

 

 

自分の子供がこんなことを考えて生きていたとしたら、私はたぶん悲しくて悲しくて、それこそ生きる自信を無くしてしまっていたかもしれません。

(この点については本当に自分の両親には申し訳ないって今になると思います。)

 

 

 

こんな背景があったせいか、私はたぶん人よりも早く「自分が生きている意味」について考え始めるのが早かった気がします。

 

私がこの世に生きていることで何か変わるのだろうか?

 

とか考えちゃうわけですね。

 

で、自分はこの世に生まれてきて良かった人間なんだって納得するために「何者」かにならなくてはいけないんじゃないか?とか思っちゃうわけです。

 

なので子供の頃の夢は

「歴史上の人物になる!」(←世界変わるでしょ?)

とかでしたから・・バカですねー殴りたいです(笑)

 

 

そんな私も大人になっていくにしたがって、自分が何者でもないってことがわかってくるわけです。

 

 

残念ながら世界を変えるこどころか何にもできない凡人だったわーって。

当たり前ですよね、なんの努力もしてないわけですから。

口だけ女です、典型的な。

 

 

そんなわけで何者にもなれなかった私ですし、これからも何物にもなる気ももうなくなってしまいましたが、それでも心の底から「生きてて良かったのかも!」って思える時があるようになってきました。

 

ちょっとしたことなんですが、誰かに

「あなたのおかげで○○になった」って言ってもらえた時

なんですね・・。

 

言った本人は忘れちゃってることもあるんですけど、こんなふうにあとから言ってもらえることがあると、もう震えるほどうれしくなるんです・・。

 

 

大したことじゃなくてもいいんです。

小さなことでもいいんです。

 

誰かに「私のおかげで・・」って言ってもらえると、それだけで「ああ、生きてて良かったな・・私が生まれた価値、ちっちゃいけどあったのかな」って・・思えるんですよね。

 

 

誰かの人生にほんのちょっとだけでもいいから何かを与えることができたなら、それでもう私の生きてる意味はあったのかなって思うようになりました。

 

 

 

そして同様に私もいろんな人の「おかげ」をもらうことができました。

誰かにもらったこの「おかげ」を、直接ではなくてもまた他の誰かに返す・・。

 

こんなふうに人と人って繋がっていくのかもしれないですね。

 

それだけでも人って生きている意味があるのかもしれないなって思うし、思いたいなって・・・。

 

 

 

 

あと、もうひとつ私に生きている意味、生まれた意味があるとしたら、娘たちを生んだことですね・・。

 

若い頃は自分が何者かになることしか考えてなかったけど、今は子供たちが何かになってくれたら・・もしくはその子供たちが何かになってくれたら・・またその子供たちでも・・。

 

子孫を残したってことはそれでちゃんと意味があるのかもしれません。多くの先祖がそうして私をこの世に送ってくれたように。

(まあ、何者もならなくてもいいですけどね・・人生っていいものだって思って生きてくれればそれで・・といいつつどっか期待してしまうのが親ばかってやつなんでしょうけど)

 

 

 

とそんなわけで気合いを入れてブログを更新しようと思うと全く1行も書けなくなるので、ゆるくゆるく・・・雑記にお付き合いありがとうございました。

 

おしまい。

 

 

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※写真意味ありません・・m(__)m

 

 

「いいわけ」についての話。

先日、地元のあるお母さんとおしゃべりをしました。

 

彼女の娘さんは今中3で、今年は受験生。

 

彼女「塾にもう行かせなきゃって思ってるんだけど、勉強する気ないみたいなんだよね。」
私「いや、さすがに行った方がいいでしょ。勉強する気がない子ほど、行かせた方がいいよ。
  塾に行ってる間はやるし。周りがやってると意識変わるよ。」

 

 

彼女「いやでもさ、部活や生徒会で忙しくてさ、今も帰ってくるとバタンキューだし。」
私「でも、この忙しいときに塾に無理にでも行かせると、部活引退した後に楽になるよ。あの時に比べれば、勉強だけでいいんだってなるから、夏休み以降、弛まずに勉強できるようになるよ。」

 

 

彼女「いやでもさ、塾に行ったからって成績あがるかわかんないしさ。」
私「確かにそうだけど、少なくてもやらないよりはやった方がいいんじゃないの?」

 

 

彼女「いやでもさ、もう今の時点で希望の学校には入れなそうだしさ。」
私「まだわかんないじゃん、だからこそ、早くはじめないと・・」

 

 

彼女「いやでもさ、私も忙しいし・・」
私「・・・・・」

 

最後の最後になって出てきちゃいました。
本当の理由。

 


塾に行かせなきゃいけないことはわかってる、
成績も上がってほしい、
でも心の奥にあるんですよね、本当の本当は彼女自身が忙しすぎて、
塾への送り迎えができるかどうか不安なんですよね。


何がなんでも子供の成績を上げたい、希望の学校に入れたいと思えば、
これほどいろいろな「いいわけ」はやっぱり出てこないでしょう。

やっぱり、心の奥に、
「私も忙しくて、今の生活でさらに塾の送り迎え・・できるのかな?いや・・相当厳しい」
っていうのがあるので、塾に行かせない理由を頭がいっぱい見つけてきてしまうでしょうね。

 (一応、名誉の為に書いておきますが、彼女はしっかり仕事もしているし、家事もしっかりするいいお母さんです。)

 

 

よく「何かを成し遂げたければ、いいわけするな!」って言いますが、
これは本当にその通りで、
いいわけせずにやればいいんですけど・・・

 

でもちょっと見方を変えると、
頭の中にどんどんできないいいわけが沸いてきてしまう時は、

「もしかして私、本当は望んでないのかも?」って考えてみてもいいのかもしれません。

 

「目標・夢、絶対かなえてやる!何が何でも!」
って思ってやっていても、どうしても
「でもなあ・・あれがあれだし・・」とか心にいいわけばっかり浮かんできてしまうようなら、
少しだけ「本当に私、それを成し遂げたいのか?」って思ってみたほうがいいのかもしれません。

 

例えば、「海外で暮らしたい!」って思ったとします。
その時点で
・いや英語わかんないし
・お金ないし

・やっぱり治安とか心配だし
とかいろいろ不安は出ると思うんですけど・・・

本当にそうしたい人は、
・じゃあ、英語をまずは最低限こっちで学び直そう!
・お金貯めるためになにかしよう!

・安全で暮らしやすい国がどこかいろいろ情報収集しなきゃ!
って、かなえるための行動を早々にはじめるんですよね。

 

1つ1つできない理由を潰すために行動をしていくんだと思います。

 

それがなかなか進まないってことは、ただなんとなくいいなって思うだけで、
それほど本当はそれを望んではいないのかなって・・・

 


そういう視点で改めて考えてみると

今、自分がいくつか叶えたいと思ってる目標や夢の中にも
本当に何が何でも成し遂げたいことと、
ただなんとなくいいなって思ってるレベルのこと、
その差が見えてくるのかもしれません。


本当にやりたいことって何だろう?っていうのも見えてくるのかもしれません。

 


いいわけなんて考える暇もなく、ガンガンと前に進むことだけしか浮かばなかったら、
それはきっと本当にやりたいこと、やらなきゃいけないことなんですよね・・きっと。


それ以外は、もしかしたらただの憧れで心の奥底では本当に成し遂げたいことではないのかもしれません。

(まあ、生きるためにいいわけなんか見つけてる暇もないこともいっぱいあります・・・こういう時の人間は一番最強ですよね。いいわけなんてしてる暇ないですから。どうやったらできるかしか頭にないですもんね。)


人生有限なんで、
(特に私、あんまり先がないんで・・)
対してやりたくもないことに惑わされず、本当にやりたいことを見つけながら、目標に向かって、いいわけせずに生きていきたいなって思った、5月の月末前の月曜でした。


おわり。

 

 

 

知多半島の夕陽きれいだった

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本当に人生はオセロゲームかもなぁ・・ていう話。

生きているといろんなことがあって、
自分への後悔はもちろん、
時にはものすごく人を恨んでしまったりすることもあって、
本当にいろいろありますね。


過去を思い返せば、
あれがなければ・・
あいつのせいで・・・とか
いろいろ思うことはあると思うんですけど・・・




その事件が解決して、
あとから振り返れば、
「ああ、あれも私の今の人生をつくる一つの要因だったなあ」と
思えるようになったりするのかなって思います。


(その渦中にいる時はもちろんそんなこと思えるはずもなく、
後から思い返すとですけど・・。)




今現在が幸せならば、
今日の幸せを作るためにその過去があった訳で、
それがなかったら、たぶん今の幸せはないのかもしれません。


絶望的な日々も、
恨みしかなかった相手も、
もし、今が幸せならそれを作るための大切な要因だったのかもしれません。



根深い問題としては、
幼いころの家庭環境などもあります。
普通に育ててもらえなかったりすると、
やっぱり親を恨みたくなったりしますが、
もし今が幸せなら、
その昔の子供時代があったからこそ、
今の自分がいるわけで、
「くそぉ・・」って言う気持ちが、他の人よりも頑張れる強さになったのかもしれません。



学生時代にいじめられたり、仲間外れにされた経験も・・・

就職して嫌な上司や同僚に理不尽な仕打ちをされた経験も・・・
お金がなくて生きた心地がしなかったあの経験も・・・

結婚や恋愛で泣きなくなっちゃったあの経験も・・・
「くそぉ・・・」っていう気持ちが、その後の頑張れる強さになたのかもしれません。


その他いろいろな失敗体験も、
誰かに裏切られたあの経験も、
今を作るための大切な要素だっただのかもしれません。

 

失敗だったと思ったことも、今を作るための大切な回り道だったのかもしれません。


後悔してるだけだったり、
恨んでるだけだったりでは何も解決しないけど、
それでも「幸せになりたーーい!」って心に決めて、
進み始めれば過去も養分になるのかもしれません。


その過去の事件が大きければ大きいほどね・・。

 

 


よく言われる話ですが、

今が・・今日が幸せなら、
人生もまるでオセロゲームのように全部ひっくり返って、
真っ黒だった過去も全部白く一気にひっくり返すこともできるのかなって思います。



そのためにも、なんとか今を「白」にできるようにしていきたいものです。

ちょっとくらい「黒」が入っていて本当は「グレー」でも
「いや、白だし、今幸せだし!問題ないし!」って思えるようになったら、
過去も白くなって見えるのかもしれないし・・。

そう思えるくらいになってきたら、なんとなく幸せもいっぱいくるような気がするし・・。




とか言いながらも、
日々「くそぉー。腹立つわー。ムカつくわー。」って思うことも多々ありますが・・・


大人になりたいです。はい。頑張ります。m(__)m


おわり。

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3年後は笑ってるよね?って話。

暖かくなってきました。
もうすぐ春本番

新しい花が咲くの見るだけでなんかちょっと幸せ感じちゃったりしますね。




・・と、今はこんな私ですが、
実はかなり病んでいてどん底だった時期もありまして・・・

「明日なんてもう来なくていいよ・・」って、結構まじで思っていた時期もあります。



どん底だ・・って思ったことも1度や2度ではなく何度かあります。
「いや・・神様、まじですか?これ私に乗り越えろと?無理でしょ?無理だわ。本当にもう許してください・・」って思いました。


どん底っていってもいろいろありますよね。
あくまで自分基準ですけど。



家族の問題であったり、お金の問題であったり、離別であったり、人間関係であったり・・・
人それぞれです。いろいろあります。






それでも・・まあ・・・人間生きていかなくてはなりません。
一人ならまだいいのかもしれませんが、
子供がいたりしたらダメですよね。



自分で勝手に人生を終わらすわけにはいかないわけです・・。
生きることにも責任がありますもんね。


だから


なんとかしなくちゃいけない。
どん底から這い上がらなくちゃいけない。

でも、そういう時ってやっぱり辛くって・・
がんばろうと思えば思うほど、心が折れそうになります。

誰かに相談して気持ちは少し楽になっても、
大元の問題が解決しない限り眠れない夜は続き、気が付けば涙が出てくる。
「生きるってなんてしんどいんだろう・・・」って思っちゃうんですよね。


私もそんな時がありました。


そんな中、ある時、散々悩んで・・ふと思ったことがありました。

「でも・・・3年後は笑ってるんじゃないかな?」って。




どん底状態が1日で変わるわけはないです。
たぶん、明日も同じようにどん底。
明後日だってもちろんだめでしょう。

1週間後もどん底・・・
1か月後もたぶん・・
3カ月後も・・・
1年後だって・・

・・そう簡単にどん底状態って抜けられるものではないですよね。



でもね・・

3年後はどうかな?って思ったんです。
さすがに3年後は・・・もう笑える毎日が来てるんじゃないかな?って・・。


1年後はまだわからないけど、
3年後には・・自分・・笑っているんじゃないかな?って・・。

逆に・・3年も今の状態続けられないよ・・って。


で・・なんか胡散臭くなっちゃいますけど、想像したんですよね・・


3年後に自分が思いっきり笑ってる姿を。
あの頃、ほんと辛かったな・・って笑いながら今を振り返ってる姿を。


で・・これに近づこうって思いました。
だから頑張ろうって思いました。


毎日、少しでも良くなるように考えて生きているわけだから、
ちょっとずつでもどん底から這い上がろうとしているわけだから・・・
進んでいけば、きっと笑える毎日が来るかもしれないって・・。


実際に・・どん底からどのくらいで笑える日が来たかはわかりません。
3年よりずっと早かった気もするし・・心から笑えるにはもっとかかったかもしれない。



でも・・
明日も辛い・・
明後日も辛い・・・
1週間後も何も変わってない・・・
1か月後も解決しない・・・


って思ったら・・もう本当に悲しいことしか想像できなくて、辛すぎるから・・・
泣くしかできないから・・・


そんな時、3年後の自分を思い描いてみたらなって思うんです。

3年後はきっと笑ってる。
3年間もずっと泣いて過ごすなんて嫌だ。

3年後は絶対笑ってやる!


「3年後に笑って過ごせる毎日が来るなら・・そのために頑張ろう。」


って思ったら・・・

もう少しだけ頑張れるかもしれません。

そしてちょっとだけ元気が出るかもしれません。







・・・っていうお話でした。

おわり。



※でももうどん底は嫌です・・できれば許して下さい・・・見逃して・・








子育てとかそんな話。

この春から上の娘が一人暮らしをはじめます。


もう物件も契約済みで家具も入っているので、正式には引っ越していませんが、
週のうち半分くらいはあっちの家に泊まったりしている状態。

(下の子もたぶん来年からは都内で暮らすと思うので、そうなるといよいよ「ぼっち暮らし」です。)

「寂しくない?」とよく聞かれますが、
これがなかなか面白い感情なんですよね・・。

「寂しいな」っていうのを感じたのは
「一人暮らししたいんだけど・・・・」って言われた時。

「あ、そっか・・親元を離れたいって言う希望があるんだな・・」ってわかった時が一番寂しかったかもしれません。

でも、自分もそうだったように、大学生には楽しいことがいっぱいあるわけで、
できることなら叶えてあげたいなって思いました。


そして、寂しさと反対にあるのが「義務からの解放」


親というものは子供に対して絶対的な責任がやっぱりあるものです。
親がすべてではもちろんないのですが、できればまっすぐに全うな人間になって欲しい・・そう思って育てますよね。

だから、どうしても怒りたくもないのに怒るし、余計なお世話と言われても心配するし。

だんだん子供も成長していくわけですから、いつまでもいろいろ言っても仕方ないんですが、目に付けば言っちゃいますもんね・・どうしても。
それも責任だと思いますし・・。

これが解放されるのかなって思いました。

もちろん、これからも大きな外枠から親としての義務は果たすのですが、こういう日常の事からは解放されるのかな・・っていうのがあるのです。

常に「親」でいる必要がなくなるわけです。


これって結構、大きなことなんですよね。

 



よく聞く話かもしれませんが、
赤ちゃんって正に「純真無垢」でピカピカなんですよね。
当たり前ですけど、何の穢れもなく、何のトラウマもなく・・。

球で言うなら、ピカピカのツルツルで傷一つないんですよね。

転がしたら真っ直ぐに綺麗に転がっていく状態。


でもこれが成長するにしたがって、いろんな傷が付いていくんです。
小さなのも大きなのもいろいろ・・。

そして・・だんだん傷が大きくなってくると、なかなか真っ直ぐに転がれない。
真っ直ぐ自分は転がっているように思っていても、傷があるから曲がって進んでたりする。

そして、壁にぶつかって、痛い思いして、
「あ、私、曲がってたのか。」って初めて気が付いて、また真っ直ぐに進もうとする。

こうやってぶつかりながら進んだり、また新しい傷を作ったりしながら生きていき、


もっともっと大人になると、自分にできていた傷に気が付き、

その傷を埋めることも覚えて、

真っ直ぐ進めるように自分で自分を磨くようになり、

努力しながら生きていくものなのかな・・なんて思います。



この傷なんですが・・
この傷を一番初めに付けてしまうのって、やっぱり親なんですよね。
悲しいけど・・。

感情的に怒ったり、自分の都合で物事を決めたり、求めてくる愛情を後回しにしてしまったり・・。


親が未熟であればあるほど、子供の心に小さな傷を知らないうちにいっぱい付けちゃうんですよね・・。



保育園や幼稚園、学校と進むうちに、他でももらう傷もいっぱいあるんですけど・・。
でもこれも親があんまり変な傷を付けてしまうと、転がるのが下手になっちゃったりするんですよね・・。


だから親って本当に大変。
でも仕方ないんですよ・・。

親だって未熟で、まだ自分自身がいっぱい傷ついていて、成長の過程だし・・。
だから仕方ないんですけど子供にとっては迷惑な話で・・。

やっぱり心がどしっとした「大人」として子供に接してあげたいですよね。

いつも「親」でいなければならないわけです
本当に難しいんですけどね。

 





私もいっぱいいっぱい失敗しました。
やり過ぎたこと、足りなかったことだらけ・・いっぱいあります。

たぶん小さな傷もいっぱい付けてしまったと思います。
だから決して「親を尊敬しろ!」なんて言えません。


自分が親として何点を子供達が付けてくれるのかわかりませんが、
娘たちが親になった時に、自分の子供をできるだけ傷つけない子育てができるようになってくれたなら、それは「負の連鎖」ではなく、「正の連鎖」としてその先も続くのかもしれません。


たとえ、自分は「負」で受け継いでしまっても、子供には「正」になんとか戻して引き継ぎたいものです。

 




いよいよ私の子育ても終わりが見えてきています。

「義務からの解放」の時です。



生まれた時は果てしなく続くように思えた「子育て」。

長くて短くて、短くて長くて・・。
私自身も後悔しないようにしたいなと思います。







と、こんな感じで、おしまい。